2005年04月22日

葵祭(あおいまつり)



ノッツェ


葵祭

毎年5月15日(雨天順延)

【お問い合わせ】
●京都市観光協会:075−752−0227
●下鴨神社:075−781−0010

【地図】
京都御所
下鴨神社
上賀茂神社

【交通アクセス】
●京都御苑
【京都市営地下鉄】
烏丸線『丸太町』下車徒歩1分

【京都市バス】
『烏丸丸太町』下車すぐ・・・10系統51系統65系統93系統202系統204系統

【京都バス】
『烏丸丸太町』下車すぐ・・・45系統51系統

●下鴨神社
【京都市バス】
『下鴨神社前』下車すぐ・・・1系統4系統205系統快速205系統

●上賀茂神社
【京都市バス】
『上賀茂神社前』下車すぐ・・・4系統46系統67系統
『上賀茂御薗橋』下車徒歩5分・・9系統快速9系統37系統北3系統

【京都バス】
『上賀茂神社前』32系統34系統35系統急行36系統37系統38系統39系統

祇園祭や時代祭とともに京都三大祭のひとつである葵祭は日本の祭りのなかでも特に優雅で趣ある祭として知られており、氏子は参加せず勅祭(国営の祭)として行われてきた祭である。

欽明天皇の御代であった567年、激しい風雨が続き五穀が実らなかった。賀茂の大神の崇敬者であった伊吉の若日子が占ったところ、賀茂の神々の祟りであると出た。そして勅命により、若日子が4月の吉日に、馬に鈴をかけ猪頭(ししがしら)をかぶった人と駆競(かけくらべ)を行わせた事が起源とされる賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社の例祭であり、古くは“賀茂祭”または岩清水祭が“南祭”と呼ばれるのに対して“北祭”とも称されていた。
応仁の乱(1467−77)ののち、1693年(元禄6)までの約200年の間、行列が中止となる期間があり、1694年(元禄7)に祭が再興されて以降、内裏宸殿の御簾をはじめ、牛車(御所車)、勅使、供奉者の衣冠、牛馬にいたるまでが葵の葉で飾られるようになったことから“葵祭”と呼ばれるようになったという説の他、祭の復興に『葵の御紋』の徳川幕府の多大な援助があったからとも言われている。

祭儀は『宮中の儀』『路頭の儀』『社頭の儀』の三つの儀式であったが、現在では『宮中の儀』は省かれ『路頭の儀』と『社頭の儀』だけがおこなわれている。

【路頭の儀】
『路頭の儀』は葵祭の見どころであり、総勢500名以上による、勅使をはじめ検非違使、内蔵使、山城使、牛車、風流傘、斎王代など、平安貴族の装束に身を包んだ王朝行列が、馬36頭、牛4頭、牛車2台、輿1台と共に、京都御所を出発し下鴨神社を経て約8キロ離れた上賀茂神社へと向かう儀式である。

京都御苑(京都御所建礼門前)と下鴨神社表参道有料観覧席が設営される。
※こちらから有料観覧席のお申し込みができます。

行列のコースと時間

【社頭の儀】
『社頭の儀』は行列が下鴨神社、上賀茂神社に到着した際、社頭で勅使が御祭文を奏上し御幣物を奉納する儀式であり、平安調を偲ばせる雅な雰囲気のなかで、神馬の引き回し、舞人による「東遊(あずまあそび)」の舞が奉納される。一般には見ることができないが、下鴨神社では申し込みにより決められた人数だけ拝観させて貰える。


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posted by happy-mouse at 00:27| 京都 | Comment(0) | TrackBack(1) | 観光 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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